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東京地方裁判所 昭和30年(ワ)2313号 判決

原告 佐藤吉雄

被告 李幸九

主文

被告は原告に対し金十六万五千七百二十六円及びこれに対する昭和三十年四月九日から完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

原告のその余の請求は棄却する。

訴訟費用は被告の負担とする。

この判決は原告において金六万円の担保を供するときは原告勝訴の部分に限り仮に執行することができる。

事  実〈省略〉

理由

原告主張の日時場所において原告の運転する自動車(千葉七〇一六号)と被告運転の自動車(品川第六三〇〇号)とが衝突したことは当事者間に争がない。

しかして成立に争のない甲第一号証、証人藤原一郎の証言並びに検証の結果を併せ考えると前記衝突事故の現場は東京都江戸川区小岩町地内を東西に走る幅員十一米八十糎の通称千葉街道の路上であるが当時右街道は新中川放水路の架橋工事のためその南側に幅員十二米五十糎の迂回道路が設けられ該道路はその東端において鋭角的に千葉街道に接続していること、その内側の接触点の稍西側になる千葉街道の路上には高さ約四尺の支柱に長さ二間半の丸太を渡して通行止の柵を設けうえ「道路工事中」なる標識二個及び「通行止」なる標識一個を立て白燭光のサーチライト一個を以てその附近を照射していたから右通行止の事実は右街道上五十米の地点からもよういにこれを確認することができたこと、前記衝突の地点は右通行止の東方であつて右迂回道路の左側を通行して東進する場合の進路と右通行止がないことを仮定し千葉街道の左側を西進する場合の進路との交叉する地点であることが認められ該事実に成立に争のない甲第二、三号証並びに原、被告各本人尋問の結果(但し被告本人の供述は後記措信しない部分を除く)を綜合すると被告は前記自動車の運転台左側に婦人を同乗させこれを運転して千葉街道を西進し時速約三十五粁の速度で前記迂回道路の東部接続地点附近にさしかかつたところ前記通行止のあることに気が付かず右迂回道路に従つて左折することなくそのまま直進し原告がその所有の前記自動車を運転して右迂回道路の左側を進行し千葉街道に進入して来るのをその二米半位の手前で発見し急遽制動の操作をなしたが間に合わす自己の運転する自動車を原告運転の二輪車の右側面に衝突させたので右自動車は原告をその場に横転失神させるとともに右二輪車を前部バンバーの下敷にしながら約三米六十糎進行して漸く停車したこと、以上の点から推すときは右衝突の事故は被告がなんらかの他事に気をとられて前方を注視せず原告の進路に向つて直進したために生じたものであることを推認するに難くない、被告は反対方向から進行して来た貨物自動車の前照灯の光線に遮られその後方の状況を確認することができなかつたので減速徐行し一層前方に注意を進中したが原告の運転する自動二輪車の進行を発見する暇もなく右貨物自動車と摺れ違つた瞬間右二輪車に衝突したものである旨を主張し被告本人尋問の結果中には右主張に副う供述があるが右供述はたやすく措信し難くその他前記認定を覆して被告の右主張を肯認するに足る証拠はない。

ところで自動車を運転する者は絶えず前方を注視して進行し危険を未然に防止すべき注意義務があることは多言を要しないが前記認定の事実によれば被告が右注意義務を怠つたことは明白であるから本件事故は結局被告の過失に基くものと謂わなければならない。

その結果原告がその主張のような、傷害(≪編注≫右膝関節、左大腿部左手等に治療約二ヶ月間を要する挫創等の傷害)を蒙り又原告所有の前記自動車が大破したことは成立に争のない甲第一号証、原告本人尋問の結果並びにこれにより右二輪車の損傷後の写真であることが認められる甲第六号証の一ないし三によつてこれを認めるに十分であり又原告が右受傷により精神上苦痛を受けたことは傷害の程度に徴してこれを推認するに難くない。従つて被告は原告に対し右不法行為に基く損害の賠償をなすべき義務があるものとする。

そこで損害賠償の範囲について判断する。

先づ被告の過失相殺の抗弁につき考えてみると被告は自動車を運転する者は小道路から主要道路に進入する場合においては一旦停止して安全を確認した後進行すべき注意義務があるものなるところ原告はこれを怠り自動二輪車を運転して減速すらなさず突如迂回道路から千葉街道に進入した過失がある旨を主張しなるほど原告が前記迂回道路から千葉街道に進入するに際し一旦停止したならば本件事故は発生しなかつたものとも考えられるけれども右迂回道路と千葉街道との関係が被告主張のように小道路と主要道路との関係にあつたものではなくむしろ迂回道路は千葉街道の延長であつたことは前記認定の事実に徴して明らかであるから本件の場合において原告に被告主張のような注意義務を科するのは当を得ない。のみならず原告本人尋問の結果によれば原告は被告運転の自動車が右迂回道路に従つて当然左折進行するものと判断しそのまま千葉街道に進入したものであることが認められるところ前記認定の道路の状況等を考え併せると原告の右判断を非難すべき点は少しも存在しない。従つて被告の右抗弁は採用することができない。

次に原告本人尋問の結果並びにこれにより真正に成立したものと認める甲第七号証の一、二、同第八号証、同第九号証、同第十号証の一、二によれば原告は(1)、前記負傷を治療するに際し(イ)、昭和三十年一月二十九日から同年二月二十五日までの二十八日間看護婦飯塚はる子の付添を受け同人に対し一日四百円の割合による看護代金一万一千二百円を支払い、(ロ)、同年一月二十八日から同年三月五日までの間二十回にわたり医師の往診を受けその往復に船橋交通自動車株式会社の自動車を使用し右会社に対してその自動車代金五千円を支払い、(2)、原告経営の会社の業務上の必要があつたので負傷を排して同年二月四日から同年三月二日までの間十二回にわたり右会社に出勤しこれがため市川交通自動車株式会社の自動車を使用し右会社に対しその自動車代金二万百六十円を支払い、(3)、前記自動二輪車を大森モータースに修繕させ同所に対しその修理代金十一万九千五百二十六円を支払つたことが認められる。ところで右(1)、(イ)、(ロ)及び(3)の出費は本件不法行為による通常の損害として被告にその賠償義務を認めるのが相当であるが右(2)の出費は特別の事情が加わつたために生じた損害と考えるのが相当であるから特段の事情がない限り被告にその賠償義務を認むべきものではない。

しかして前出甲第二、三号証並びに原、被告各本人尋問の結果によれば原告は四十歳の男子であつて工科大学を卒業し現在会社役員をなし月額約五万五千円の収入があり妻子とともに比較的教養の高い裕福な生活をなしているものであること、本件負傷は一応恢復したが季節によつては受傷部位に痛みを感じその度にマツサージ療法を行つていること、一方被告は映画館を経営し、相当の収入があることが認められるから右事実に本件口頭弁論にあらわれた一切の事情を斟酌し原告の精神上の損害に対する慰藉料の額は金三万円を以つて相当と認める。

よつて原告の本訴請求は医師往診のための自動車代金五千円、看護代金一万一千二百円、自動二輪車修繕費金十一万九千五百二十六円、慰藉料金三万円の合計金十六万五千七百二十六円及びこれに対する本件訴状送達の日の翌日たること記録上明らかな昭和三十年四月九日から完済に至るまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度において正当として認容しその余を失当として棄却すべく、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八十九条を、仮執行の宣言につき同法第百九十六条を各適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 駒田駿太郎)

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